島根大学附属図書館のブログ

島根大学図書館のサービスや催し、身近な出来事などについて、図書館スタッフが写真と共にご紹介します。 

「学ぼう!留学生と話すコツ!」を開催しました

本日5月16日(水)、附属図書館3階多目的室にて講習会「学ぼう!留学生と話すコツ!」を開催しました。

この講習会は、学生を対象として、英語などの外国語ではなく日本語で留学生と話すときのコツを学ぶものです。

留学生に限らず外国の方と話をするときに、「英語で話さなくては」と思ってしまうことはありませんか? 「私の言葉がうまく伝わらなかったらどうしよう」とドキドキしたことは? 実際は、相手が外国の方であっても、ちょっとした配慮と言い換えによって、日本語でもコミュニケーションをとれる場合があります。

この配慮と言い換えについて、講師の松田先生より「やさしい日本語」という概念と「やさしい日本語」で話すためのテクニックを学びました。「やさしい日本語」の「やさしい」は、「易しい」と「優しい」両方を意味し、二つの概念を表すためあえてひらがなで表記しているそうです。

具体的なテクニックについては、漢語やカタカナ語よりも和語を使う、「図書館司書」などの複合語を避ける、一文を短くしてきちんと完結させるといった点についてご説明がありました。

留学生を含めて17名が参加し、熱心に聞き入っていました。

 

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【概要】
日時  平成30(2018)年5月16日(水) 12:45~14:15
場所  島根大学附属図書館(本館) 3階多目的室
対象  1)本学の学生
    2)島根県立大学(松江キャンパス)の学生
講師  松田 みゆき先生
主催  島根大学附属図書館(企画部図書情報課)/島根大学企画部国際交流課

参加者 17名

 

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看護学科3年生授業「看護研究方法論」で文献検索講習会を実施しました

  平成30年5月1日(火)10:15~11:45に、看護学科3年生の必修授業「看護研究方法論」で、医中誌Webの使い方と、文献の入手方法について講義と演習をしました。
 講義では、よりテーマに沿った文献が見つけられるように、キーワードの選び方、シソーラス用語、絞り込み検索、履歴検索等をパワーポイントで解説し、その後実際に医中誌Webを使い操作方法を説明しました。

 演習では、学生が事前に考えてきたキーワードを使って検索をし、教員と図書館職員が学生の間を回って質問に答える形で進めました。なかなか思うような文献が見つからない学生にアドバイスすると、テーマを分析することで新しいキーワードを見つけたり、シソーラスを参考にしたりして、真剣に検索をしていました。

 アンケート結果を見ると、「もっと詳しく知りたかった内容」は、昨年度と同様に『検索のコツ(キーワードの選び方)』が一番多く、次いで『シソーラス』について、『他のデータベース』でした。また、「以前は使い方がわからずなんとなく使っていたが、講義を受けて、今後はうまく使えそうです。」という感想もありました。 

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 4年生の卒業研究では、文献データベースを使いこなせるようになってほしいと思います。

今年も看護学科1年生授業「看護学入門セミナー」で講習会を行いました

 平成30年4月26日(木)に今年も看護学科1年生を対象に、初年次教育の一環として授業「看護学入門セミナー」の1コマを使って講習会を行いました。

 学生たちは、事前に担当教員から「現代コミュニケーションの課題」「島根県の医療課題」という2つのレポート課題を提示されており、講習会ではそれらの課題に対応できるように、図書館での図書の探し方、図書の入手方法、論文の探し方などを中心に説明しました。また、OPACや医中誌Webでの演習も行いました。学生たちは集中して講習会を聞き、レポートを書くのに必要な図書や雑誌を見つけるために熱心に資料の検索をしていました。

 

 

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   講習会の終わりに、昨年度と同じくアンケートをとりました。

 今年度は、今回の講習会以前にすでに医学図書館に入館したことがある学生の割合は約50%と、約半数がすでに図書館を訪れていましたが、OPACを使っての検索や資料を実際に借りたという学生の割合は10%以下でした。 

 今後、今回の講習会で学んだ図書の探し方や入手方法を駆使して、資料を借りるなど積極的に図書館や図書館のHPを利用していただけたら嬉しいです。

 

2018年度版利用案内&本館開館カレンダーが出来ました!

もうすぐ今年度も終わり

附属図書館の2018年度版利用案内と、本館の開館カレンダーが出来ました。

表紙デザインはいずれも、図書館コンシェルジュさんが作ってくれました!

良い感じに仕上がっていますよ。

また、本館開館カレンダーは、従来のカードタイプから、しおりタイプへ大きさを変更しています。

ぜひご利用ください。

 

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「ウィキペディアタウン」の研修会を開催しました。

3月9日(金)、本館のラーニングコモンズで、図書館が所蔵・提供している資料を活用してウィキペディアの記事を作成・編集する「ウィキペディアタウン」の研修会を開催しました。

当日は、本学の図書館職員の他、県内の大学、公共図書館などから約15名が参加し、遠くは隠岐諸島西ノ島町からもお越しいただきました。


ウィキペディアは、皆さんご存知ですよね。誰でも編集に参加できるインターネット上の百科事典です。匿名での記事編集が可能であることなどから、掲載されている情報の信頼性が問題視されることもありますが、学生が最初に参照する可能性が高い情報源として、大学教育の場においても無視しえないものとなっています。図書館職員にとっても、レファレンス業務等で参照する機会は少なくありません。

 

一方、「ウィキペディアタウン」という言葉は聞いたことがない方が多いかもしれません。簡単にいうと、その街にある名所や旧跡などの情報をウィキペディアの記事として作成する住民参加型のイベントです。参加を通じて、地域の魅力を再発見する新たな機会となることが期待されるほか、ウィキペディアの記事編集にあたって確かな情報源を手軽に利用できる図書館などを会場にする場合も多く、図書館資料の活用という面からも注目を集めているものです。この取組みは、2017年のLibrary of the year優秀賞にも選出されています。


今回の研修は、県内の図書館職員や本学教員を主たる対象として、ウィキペディアの記事の作成・編集について理解を深めてもらうとともに、大学での教育活動への活用や公共図書館での同種のイベント開催に向けたヒントを得てもらうことを目的として開催したものです。(企画趣旨の詳細は、図書館HPの案内資料をご参照ください。)


まず午前の部では、全国各地のウィキペディアタウン等でご活躍のオープンデータ京都実践会のメンバーから、ウィキペディアの概要や編集の基礎知識、図書館でウィキペディアタウンを行うことの意義や効果などを講義いただきました。お昼の休憩時間には、編集テーマに関連する図書館資料の案内を含めた館内ツアーも実施しました。

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そして、いよいよ午後からは、本学で準備したテーマ(一部参加者の持ち込みあり)をもとにグループに分かれて記事を作成・編集の開始です。テーマは、本学や島根県にゆかりのある教育者や文学者、近隣の史跡等が中心で、参加者は図書館資料を読みながら、ノートPCを使って記事を作成していきます。

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はじめてウィキペディアを編集するという参加者がほとんどだったため、ウィキペディアの編集記法に苦労しながらも、グループで和気あいあいと、楽しみながら作業している様子が多く見られました。それでも実習時間も終盤になると、なんとか記事を形にしなければと無言でもくもくとキーボードを打ち込む音が会場に響きます。かと思うと、下書きのつもりが誤って記事を公開してしまい、即座に日本(?)のどこかのウィキペディアンから「出典がないよ」と指摘され悲鳴を上げる参加者も・・・。

 

実習時間の後は、参加者から作成した記事の紹介と感想を述べてもらいました。資料の扱いに長けた図書館職員もいつもと違う脳みそを使ってお疲れのご様子・・・。それでも、普段使う立場から眺めることの多いウィキペディアを、実際の図書館資料を使って自分が編集するという体験は新鮮だったようで、皆さん充実した表情をしておられました。それぞれの図書館等での活用のヒントも得られたでしょうか?

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ご参加いただいた皆さん、ありがとうございました!

また、講師及び実習をサポートしていただいたオープンデータ京都実践会の皆さま、誠にありがとうございました。

 

<開催概要>  

日時 平成30(2018)年3月9日(金) 10:00~16:00  

場所 島根大学附属図書館(本館) 1Fラーニングコモンズ  

対象  1)本学の教職員      

    2)県内の図書館関係者  

講師 オープンデータ京都実践会メンバー(是住久美子様、Miya.m様、Miya様)  

プログラム概要     

    1)企画趣旨説明、ウィキペディアタウン及びウィキペディア編集の基礎解説

    2)編集テーマの説明・館内ツアー(テーマに関連する資料説明含む)

    3)グループまたは個人での記事編集

    4)簡単な発表・講評

主催 島根大学附属図書館/松江市立図書館/島根県立図書館

後援 島根県図書館協会/島根県大学・高専専門学校図書館協議会


<yad>

医学科4年生「臨床実習入門特別プログラム」で文献検索講習会を行いました

 医学科4年生は、3月12日から附属病院での臨床実習に入ります。実習前には、例年5日間ほどかけて臨床実習入門特別プログラムによる授業が行われます。この授業の1コマを使い、医学図書館は3月6日に医学系データベースの利用講習会を行いました。

 実習中にデータベースの検索が必要なのだろうか、と思われるかもしれません。しかし、実習中には、抄読会のために文献を医中誌WebやPubMedで検索したり、医薬品情報やガイドライン、手術手技を各種データベースで確認したりする場面があります。もちろん、患者さんへの対応を知るために、今日の診療やUpToDateを使うこともあるでしょう。

 こうしたデータベースをできるだけ実地で使用できるよう、講習会は演習をメインとしたものにしました。また、事前に臨床実習を終了した学生から聴き取りを行い、文献の構成や参考文献の書き方も内容に含めました。

 学生たちは、パソコン、ときにはスマートフォンを使い、適宜検索を行いながら説明を聴いている様子でした。課題の時には、すでにデータベースを使用したことのある学生が、周囲の学生に検索のコツを教えている場面も見られました。

 臨床実習の現場で、この学びが生きてくれば良いなと思っています。

 

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企画展「戦争と平和~」のギャラリートークを開催しました!

先日、企画展「戦争と平和を考える2017」のギャラリートークを開催しました。

ギャラリートークでは、お二人の方をお招きし、当時の戦争体験について語っていただきました。

<第1回 吉野蕃人先生>

 吉野先生は1925(大正14)年生まれ。松江で少年時代をすごしたのち、1945(昭和20)年に召集され、満州(現在の中国東北部)の野戦重砲第20連隊に入隊し従軍しました。

その後、同年9月下旬に「日本に帰す」貨車に乗せられ到着したのがシベリアハバロフスク地方のオブルチェでした。

そこから1948(昭和23)年5月まで、この地で抑留生活が続きます。

日本兵は、抑留生活で過酷な食糧事情と重労働により次々と倒れ、亡くなっていきました。吉野先生もいろんな幸運が重なって自分は今ここにいるのだと語っていたのが印象的でした。

先生のお話の中で特に印象に残ったのが、高田伍長の話。抑留施設の脱走計画の誘いがあったけれど、先生は断ったそうです。その後計画は実行されましたが、みな全滅でした。一人石川兵長だけが収容所へ送り返されてきたものの、結局処刑されてしまいます。他にこの脱走計画を知っていた人(=高田伍長)が帰国後吉野先生と再会し、1987(昭和62)年に吉野先生の誘いで石川家の菩提寺に供養を営んだそうですが、翌年自ら命を絶ってしまいました。

このように、脱走事件から42年経過してもなお、戦争の傷跡が一人一人の心に深く残っていたのだと、あらためて気付かされました。

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<第2回 常松正雄先生>

 常松先生は1930(昭和5)年平田市生まれ。銃後の仕事として、男手のいなくなった百姓家に畑仕事や水汲み、薪作りなどの勤労動員を経験し、そのせいで腰痛持ちになった、これは戦争後遺症だと言われていました。

先生は、戦争末期の1945(昭和20)年4月に島根師範学校へ入学しますが、ここでは軍事教練や運動場の開墾、建物疎開(附属小学校校舎の取り壊し)を経験しました。

先生はお話の最後に、「振り返ってみると、戦争という一つの目標をもって、何も考えない、余裕を与えず、すべてを犠牲にさせるという思想の統一があった」と当時を振り返り、「世界の市民が自分の考えをもって行動することが大事だ」と語ったことが印象的でした。

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先生方、貴重なお話をありがとうございました。

 

島根大学 草月流華道部のいけばな作品を展示しています

島根大学 草月流華道部のいけばな作品を玄関ロビーに展示しています。

 

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個性を重視し、「型」にとらわれることなく、自由な表現を求める草月流 

 

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いけばなは、図書館に訪れた方々の心をほっと和ませてくれます。

毎週、新しいいけばな作品が並びますので、ぜひ足を運んでみてください。

12月26日(火)からは、”正月いけばな”を展示する予定です。

企画展「戦争と平和~」こぼれ話<その②>

皆さまいかがお過ごしでしょうか。

今日も雪の降る中、多くの方にご来館いただいています。

展示室にもぜひ足をお運びください。

本日は、企画展のこぼれ話その②。

 

今回、入り口近くの展示ケースに軍人手帳と戦時日記を展示していますが、そもそもこれら資料をお借りできるきっかけになったのは、前回紹介した『北支転戦記』の後記でこの資料について触れられていたからなのでした。

そこには、

「雑賀町から日中戦争へ出征した二十歳の兵士が、戦地に向かった1937(昭和12)年から8月1日から戦死するまでの百日間がつづられており、その兵士の手帳は奇蹟的に戦友が持ち帰って遺族の手に渡り、現在は雑賀公民館に保管されている」

という内容の山陰中央新報社の記事(2011年8月14日付)が紹介されています。

『北支転戦記』の第4版を編集された曽田幸広さんは、この記事をお盆に読まれ、何か因縁めいたものを感じた、と述べています。

これを読んだ後、雑賀公民館の職員さんに聞いてみたところ、確かにこの資料はあり、公民館のお近くの方が寄贈された、とのことでした。

この資料は、現在同町の松江先人記念館にて保管されているとのことで、早速記念館の資料に詳しい雑賀公民館前館長の福岡修之さんをお尋ねしてみました。

すると、この手帳だけではなく、この手帳の持ち主の山村栄吉さんが使っていた軍服から帽子、コート、出征時ののぼり(前回記事参照。展示中)などが次から次に棚から出され、他にも寄せ書き日の丸、千人針の腹巻、遺言袋、遺品袋なども出てきました。

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今回はあくまで戦争体験記(=本)を中心に展示を考えていたのもあって、お借りしたのはほんの少しですが、再度借用に訪問した際に、福岡さんがニコニコしながら「あんたが興味ありそうだけん持ってきてみたわ」と、さらに当時の雑誌二つを持ってきてくださいました。なんでも、捨てられるところだったのを、縁あって福岡さんのところへやってきた物たちだとか。

それが、今回展示しているのらくろ士官学校の巻(少年倶楽部新年号付録)」と、主婦の友 勝利の体当り生活 (昭和20年)新年号」です。

 のらくろは、当時の少年たちに士官学校がどんなところであるか、またお国のために尽くすことがいかに大事なことか、ということがわかりやすく漫画で表現されています。

主婦の友は、こちらも目次からしてすごい。

・毒獣アメリカ女

・敗けたらどうなるー敗戦国の惨状を見よ―

・空襲下の非常炊飯

・敵弾下の冬の妊産婦と乳幼児防護

・軍国の母顕彰発表

 (一部抜粋)

・・・などなど。

今の主婦系雑誌の特集といえば、断捨離や節約・片付けですが、それとはだいぶ違いますね(当たり前ですが)。

普段目にする雑誌ですらこのような文句が飛び交っていた当時を思うと、今平和な現代で「普通に」雑誌が読めることにホッとします。

実際読んでみると、当時こうして世の中の主婦は戦争や貧しさと戦っていたのかと分かります。逆にこのような雑誌を通して、国家が女性を戦争へと導いていたのかも透けて見えます。

これらの雑誌も展示しています。資料の状態があまりよくないため、手に取ってご覧いただくことができませんが、当時の雰囲気を感じていただければと思います。

 

企画展「戦争と平和~」こぼれ話

ただいま開催中の企画展「戦争と平和を考える2017」、皆さん観ていただきましたか?

今回は、この企画展を開催するにあたってのこぼれ話を。

まずは、1冊の本を紹介します。

曽田幸広編『北支転戦記:梅田房雄従軍日記』

本の著者である故・梅田房雄さんは、1914(大正3)年島根県那賀郡杵束村田野原に生まれ、1937(昭和12)年7月末に歩兵第21連隊に応召され、8月1日に出征しました。

彼は、故郷を出てから出征中戦地で毎日手帳に日記を書き、それは一日も欠かすことなく翌年8月末に病のため宇品へ帰還するまで続きました。

彼はその後、1939(昭和14)年6月25日に亡くなりますが、この日記は遺族によって大切に保管されていました。これを彼の弟・梅田敏男さんが文字を起こし、1970(昭和45)年兄の三十三回忌を記念して一冊にまとめたものが『北支転戦記』です。

ぜひ、手に取ってお読みください。

梅田青年と同じ日に、松江市雑賀町から山村栄吉さんも中国戦線へと出征しました。

彼も手帳を記しており、中国北部にある現在の山西省太原市で戦死しましたが、その手帳は奇跡的に戦友が持ち帰り遺族の手に渡りました。現在は、雑賀町の先人記念館にて保管されています。

手帳によると、山村さんも梅田青年と同じ戦場で戦っており、『北支転戦記』と照らし合わせて読むと、当時の状況が克明に伝わってきます。日記の最後の記述は1937(昭和12)年11月8日で終わっています。この二人の兵士は、出征した日も同じでしたが、共に戦死・戦病死という無残な結果で一生を終えることになったのでした。

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今回、展示室奥に飾ってある幟(のぼり)は、山村さんが出征された際に家の前に多くたてられたもののひとつで、こののぼりのもと多くの町内や知人に見送られたそうです。当時、入営(=兵役につくこと)は名誉なことで、「祝入営」と書かれています。

たくさんあったものの中で、ご遺族はもう捨てるからということだったので、きれいなものを二つほど、雑賀公民館(現在は雑賀町の先人記念館に所蔵)に寄贈されたそうです。

「祝入営 陸軍歩兵 山村栄吉君 相生町某氏」と書かれてあります。

こちらもぜひご覧ください。

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